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ニ、河内音頭(浮世節)概要

その1 音頭って何拍子?

 音頭の出だしは太鼓の“ドン・ドン・ドン・そ〜れっ!”って感じで始まるわけですから聞き手の方は4拍子を期待しています(少なくとも私はそうだった)。ところが出だしのところ(すなわち“エーエン サァアテハ〜”)で早くも調子が狂ってしまいそうになります。

・・・?

 合わないという訳ではないですが、文句の節目も合ってなくてどこか不自然です。
 それでは2拍子だとどうかというと

 これは合っているようですが“1・2・1・2”という単調さが、浮きのリズム(スイング調)に合ってなくて、浮世節ではなくなってしまいます。(例外で早節といって音頭後半の盛り上がりでこういう調子になるときがあります。また、他の会派では、逆にこのテンポの軽快さに乗って音頭をとられているところもあります。)

 では、浮世節ではどうでしょうか?

 と、

こんな感じでしょうか。実際、リズムを刻む楽器(浮世会では太鼓とキーボード)では、このように感じて演奏しています(一見“弱起”のようにも見えますがそうではありません)。

 要は文句の節目節目(だいたいは五・七調)を感じてリズムを刻むことになるのですが、これがネタによってはもちろん人によってもノリによっても変わってきます。2/4拍子や4/4拍子の組み合わせの他に6/4や場合によっては12/4拍子とちゃうか?みたいなときもあります(だいたいこんなときはお茶飲んではるけど・・・)。

 結局のところ、その場のノリでアドリブの利くリズム感覚が必要なんですね。(これって説明に成ってないような気がしますが・・・。)

その2 音頭って、まず太鼓やね

 リズムを刻むといえば一番に太鼓でしょう。河内音頭でよく使われる太鼓は御囃子太鼓(長胴太鼓よりも葉巻型になっている)と呼ばれる一般的なものですが、その叩き方に特徴があります。

 太鼓を叩くときはふつう横置きの場合でも縦置きの場合でも革の正面に立つことが多いですが、河内音頭では肩ぐらいの高さに横向きで太鼓を置き、斜に構えて叩きます。そして太鼓の革の他にカテ(革と胴の合わさったとこ)と胴(木の部分)も直接叩きます。この胴を叩くことで拍子木のような甲高い音がアクセントになり、河内音頭のあの独特で華やかな響きが生まれます。(太鼓は傷むんやけどねぇ)

 浮世会での太鼓のリズムはが基本です(ってちょっと説明に無理あるかなぁ)。

 “トット”と“トン”のところが革あるいはカテの部分を叩き“ツッツ”のところは胴を弱めに叩きます。これが簡単そうでなかなかリズムが安定しない。音のバランスや弾み具合でもぜんぜんノリが違います。

 実際には、基本+バリエーションで音頭を盛り上げていきますが、なんと言っても叩き手自身がノってしまうことが大事。バリエーションは日頃から鍛え上げたセンスと腕の見せどころで、コロコロ変わる変則な拍子を逆に小気味良いアクセントに仕立てて行きます。

 太鼓は華やかな分どうしても粗が目立ちますが、キマれば非常に締まったノリノリの音頭になります。(あ〜うまくなりたい)

その3 音頭って何調?

 その昔、明け方まで盆踊りをやっていた良き時代には、楽器は太鼓だけということが殆どだったそうです。櫓を務める人たちの声(調子)はそれぞれ違いますから、前の人が終わった後、いきなり次の人が音頭をとればどうしても前の人の調子に引きずられそうになってしまいます。音頭に入る前に“ヨイショ〜ドッコイショ〜”という掛け声がありますが、これはもともと自分の調子に戻すために工夫された掛け声なんだそうです(知らんかった)。

 今ではギターや三味線などの楽器を使うので、あらかじめ演奏者に自分の調子を伝えておいて音頭をとります。浮世会ではギターの“G”のコードを基本(0本)とし、ここから半音ずつ高い方へ“G#”(1本)“A”(2本)“A#”(3本)・・・と調子を数えています。(ただしこれは浮世会での話。本来は三味線での表し方だそうで、この数え方だと1本高くなります。)だいたい男性で0〜4本、女性で6〜8本くらいが普通の調子です。

 本番の櫓のときは、音頭のとる順番と調子(1本とか4本とか)を書いた紙を楽器の演奏者に見える所に貼っておき、それに従い調子を合わせます。大抵の場合、踊りが止まらないように2、3人続けて伴奏しますので、ギター担当の人は即座に次の人の調子に移調しなければならないので熟練が必要です(なにしろ何本か見るだけで、その調子で演奏できなければならないので)。ちなみにキーボードの場合はTransposeという弾き方を変えずに移調ができるという優れもの機能が付いているため、楽に演奏ができます(笑)。

その4 音頭の伴奏って?

 さて音の高さ(調子)については良しとして、“河内音頭をポピュラーでいうコード(進行)で伴奏ができるか?”というと“ちょっと違うんちゃうか・・・”という感じです。 伴奏(コード進行)をイメージしてください。「エーエン サァアテハ〜 イチィザノ〜 ・・・・・ ヨ〜ホ〜ホーイホイ」 ・・・・ な!単調でっしゃろ。はっきり言って伴奏なんか同じコードで適当に合いそうな気がしませんか。

 ところで実際の伴奏ではギター(あるいは三味線)はコードをジャカジャカ鳴らすのではなく、単音引きで節との掛け合いに重きを置き、和音はアクセント程度にしか鳴らしません。
 しかし掛け合いをすることで生まれる音の重ねあわせ(これがアドリブなんだな〜)が絶妙にマッチすると、むしろ音が少ない分洗練された表情豊な響きを聞き手に与えてくれます(ココが奥深いところやねぇ)。

 もとは三味線の方が早かったのであろうと思われますが、エレキギターという一見日本の民謡とはミスマッチであろうと思われる楽器が、むしろ河内音頭を特徴付ける洗練された伴奏法(しかも自由である)で用いられていることに感心してしまいます。私のキーボードの伴奏は“ブンッチャッチャッ”とリズムを刻んでいるだけですが(笑)、主にベース音担当であることに注意し、コード(和音)を意識させたくないときは音を減らす(決して手抜きではありません)などして演奏するよう心がけています。(なんかえらい力説してもたなぁ)

その5 お囃子

 河内音頭に限らずお囃子は民謡と一体となっている重要なパートですね。私も河内音頭で一番に覚えたフレーズはお囃子でした。ただし「ソーラーヨーイ ドッコイサー サーノー・・・」でしたが・・・(汗)

 お囃子はふつう手の空いている2、3人で分担し、男性の音頭のときは男性が、女性のときは女性が担当します。しかし私のような声が低めの人は、女性が担当した方が良いと思います。なぜなら私の調子は0本でずいぶん低めですから男性のお囃子では張りが弱くなってしまうからです。

 「それやったら女の人はもっと声出えへんのとちゃうの?」と思う方が居られるかもしれませんが、実は女性の場合、ウラ(すなわち1オクターブ上)でお囃子をすることになります。ということは“12本”!・・・ゲッ、高すぎ(女性の調子はふつう6〜8本)って今度は思うかもしれませんが、お囃子だけだと3本上までいけますので調子の高めの女の人ならウラでお囃子ができるのです(といっても9本は女性でもけっこう高めですが・・・)。

 個人的にはお囃子は全部、女性が良いなぁと思うのですが、ふつうの男性の2本や3本のお囃子だと11本や12本の声が必要になる勘定になりますので、ちょっと普通の女性では無理かなと思います。 ちなみに中村美津子さんは10本やったかな?沖縄地方の島唄のお囃子があんなに高いのは男性の調子合わせているからだとか。・・・というと12本くらいで音頭とれるような女の人がいっぱい居てはるちゅうことかいな?・・・すごっ!

  ・・・・・・ちょっと脱線してしまいました。

 次は掛け声です。掛け声は節と節との合間にテンポ良く“ヨイショッ”とか“ヨッ”とか“ハッ”とか入れますが、太鼓を叩いている人が入れることがほとんどです。音頭にメリハリがつきますし、追い込んでいく(盛り上げていく)ときの小気味良いテンポがイイですねぇ。太鼓との掛け合いでもありますから本人が入れるほうが良いのでしょうね。あらためて太鼓って音頭をコーディネートする指揮者のような重要なポストなんやなぁとつくづく思います。

その6 とりあえず、ちょっと区切り・・・

 とりあえず私が知っている河内音頭(浮世節を通じてですが)について、ざっと述べさせてもらいました(三味線は触ったこと無いのでスンマソン)。

 河内音頭はジャズセッションに似ているなと〔はじめに〕でも申しましたが、音頭もビッグバンドのようにいろいろな楽器を取り入れて迫力満点を目指すか、トリオやカルテットのように観客密着型でシブめを目指すかの二通りの流れがあると思います。私個人としては櫓の周りで踊る河内音頭は、やっぱり観客密着型で自由なアドリブの利く後者の音頭を目指したいなぁと思うのですが・・・いかかでしょうか?(まあこの辺は好みが別れるところではあると思いますが・・・)

番外編 節回し

 節そのものについては触れずにおこうと思っていましたが、せっかく練習させていただいているので、ここでちょっとだけ書かせていただきます(なんで音頭は難しいのか?みたいな愚痴話になりますが・・・)。

 知ってる曲ならそれなりに鼻歌ぐらいは出るもんですが、「河内音頭ってどんなん?」って言われて、「こんなんや。」(困難ちゃうで)言うて一節できる素人さんはまず居ないと思います。まあ文句は出てきても、いざ節をつけるとなると???となる人が多いのではないかと・・・。それほど素人(主に私のことですが)にとって、よう分からんのが節です。まず、この理由を私なりの経験にもとづいて考察してみたいと思います(なんか学者みたいやなぁ)・・・。

 普段、我々が耳にしている楽曲のほとんど(童謡から流行りの音楽に至るまで)は、“ドレミファソラシド”に代表されるオクターブを12に等分比(平均律)した音で構成されてます。つまり非常に音階がはっきりとした音に慣れ親しんでいることになるわけですが・・・。

 思い起こせば音頭を指導してもらっていてまだ間もない頃、本当に節が分からない(正確に言えば音程が掴みきれない)ところがたくさんありました。自分では正確に(これがアカン)唄っているつもりでも、キッチリやろうとすればするほど、ただの棒読み音頭にしかならん・・・。始めのうちは声の強弱とか発声の仕方(もちろんこれも関係あるけど)が違うんちゃうかと思っていましたが、師匠の手本と合わせているうちに音程も微妙に違うんだということに、はっきり気が付いたんです。しかも気は付いたものの、その音程がどうしても出せないという、なんともけったいな体験も同時にしました。

 そうなんです。先ほど述べた普段慣れ親しんでいる音階がここで邪魔をしてしまっているのでした。音頭の微妙な節回しを私の脳ミソが勝手に平均律に当てはめようとするのでした。いやぁ、まいってしまいました。もうこうなればひたすら音頭を聴いて、私の固まった脳ミソにフィルタなしで叩き込むしかありません。“音頭との出会い”で「歌を体で覚えたのはこれが初めての経験です」と書きましたが、詳しく言えばこういうことなのでした。(幼い頃から音頭に浸ってる方はこうはならないのでしょうけど。)

 この頃、音頭を覚えるためとはいえ、本当に唄うの嫌になってましたねぇ。特にこのことに気付いてから意識して練習するようにしたのですが、棒読み音頭が音痴な音頭になってました。普段、練習中の自分の音頭はテープに録音して後で参考にするのですが、私は止めてましたね(赤面もんやで・・・)。しかし、これは逆によかったのかもしれません。自分のけったいな音頭を聴いて「ああでもない、こうでもない」とやるより、師匠の音頭に合わせてひらすら真似るほうが、体の方で勝手に近づいてくれたように思います。また、これが音程以外にもいろいろと気付く機会にもなりました。

 河内音頭ということですから、当然使う言語は河内弁(こう書くと関西弁という言葉もかなり広義に聞こえるなぁ)ということになりますが、実際に河内弁の音頭というわけではなく(“河内十人斬”の台詞は河内弁ですが)発声(音)が河内弁仕様であるということでしょうか。

 昔、“河内のおっさんの唄”(ミス花子:懐かしい〜)で“ワレ”と“やんけ”がやたらと強調されていましたが、関西人(河内以外)でも難しいのは言葉づかいではなく音の変化とイントネーションです。よく言われる“きつねうどん”→“けつねうろん”変換と《「あれ、チャウチャウちゃう?」、「ちゃうちゃう。チャウチャウちゃうで〜。」》の抑揚みたいな・・・(よけい分かり難かったらゴメンなさい)。とにかく、あの発音であの流暢な言葉づかいが音頭には必要なんだそうです。

 あと、鼻に抜くような語尾とか〜・・・。

 アカン・・・だんだんタメ口になってきた。やっぱりもう止めときます。だいたい私のようなモンが触れられるような内容ではありません。とにかく音頭は“やればやるほど奥が深いなぁ”ということで・・・・中途半端ですみませんでした。